腕の中で、美鶴はかすかに震えている。
「美鶴」
呼びかけても、こちらを見ようとはしない少女。
「美鶴」
途端、直前の光景が目の前に鮮明な画像として甦る。瑠駆真の胸の内を激情が襲う。
「美鶴、どういう事だ?」
問いかけに、美鶴の身体がかすかに揺れる。
「どうして小童谷と一緒に居たんだ?」
答えられない。美鶴には答えられない。
霞流さんの事が知りたくて釣られてしまった。そんな事は、口が裂けても瑠駆真には言えない。
情けない。思えばくだらない、甘い誘惑だった。思い返すだけで腹が立つ。
マヌケな自分に腹が立つ。
小童谷陽翔は、結局何がしたかったのだ?
だが、そんな疑問はどうでもよかった。馬鹿みたいについてきてキスをされて瑠駆真へ向かって突き飛ばされた。
美鶴は物じゃないと瑠駆真は叫んだ。
そうだ。小童谷陽翔は、まるで美鶴を物のように扱った。
「美味いぞ」
小童谷陽翔の言葉が響く。
「舌の動きも良かった。大迫、お前、キスをするのはこれが初めてじゃないよな?」
全身に激流が走る。言いようのない屈辱と羞恥。
あの男、いったい何がしたかったのだ?
混乱する美鶴の頭上から、瑠駆真の苛立った声。
「美鶴、どうして小童谷と一緒に居たんだ?」
「それは」
いい澱み、しがみついていたのをノロノロと離す。
「別に」
「別にって」
「だから」
説明のできない苛立ちともどかしさが怒りとなって美鶴を包む。
「瑠駆真には関係ない」
八つ当たりのように吐き捨て、瑠駆真の胸を押して離れようとしたその手首を、捕まれた。
小童谷にも握られた。彼ほど強くはなかったが、それでも力はある。
「痛い」
眉を寄せる相手にはお構いなしで、瑠駆真はそのまま美鶴へ顔を寄せる。
「美鶴、何があったんだ?」
少し、腹も立てている。
「小童谷と何があったんだ?」
俯き、瑠駆真とは視線を合わさぬように避ける。
そんな少女の顎を捉え、強引に上向かせた。
「美鶴、答えるんだ」
「離せよ」
捉えられ、それでも逃れようと首を捩った。照らされた唇が艶めいて光った。その色気に、小童谷の唇が重なった。
「お前、この女とキスをした事があるか?」
瑠駆真は夢中で唇を重ねた。驚いて逃れようとする美鶴の顎を力強く押さえつけ、身体を抱き寄せてさらに唇を押し付けた。息苦しそうな吐息が聞こえた。だが、悪いことをしているとは思わなかった。むしろさらに瑠駆真の胸を掻き毟る。
息継ぎをして、再び重ねる。唇を強引に抉じ開けて舌を押し込んだ。
「舌の動きも良かった」
小童谷の声が耳朶を掠める。瑠駆真の胸を熱く煽る。
息苦しくて目の前がクラクラする。それでも辞めようとは思わない。
「お前は俺から初子先生を奪った。だから俺もお前の物を奪ってやっただけだ」
小童谷に、小童谷に美鶴を―――
瑠駆真を押し退けようとする美鶴の腕が、徐々にその力を失っていく。押し付けられる力に耐えられなくなった首が支えられなくなり、美鶴は仰向いた。その上に容赦なく圧し掛かる。
奪うだと? 冗談じゃない。やるものか。美鶴は誰にも渡さないっ!
思いっきり押し付け、歯が当たった。血の味が沁みる。喘ぐような声にハッと目を見開くと、美鶴の目尻から涙が零れ落ちていた。
「くる、し、い」
掠れるような声に、腕の力を抜く。美鶴はヘタリと地面に崩れ落ちてしまった。
両手を地面につけ、必死に呼吸を整えようとする。その上で、瑠駆真も両手を膝に乗せ、俯いて激しく呼吸した。
息を吸い込むと、冷たい空気が肺を押し潰そうとする。息苦しくて、何回か噎せた。そうしてどのくらいが経っただろう。先に動いたのは美鶴だった。
のろのろと、だが確実に立ち上がり、瑠駆真から一歩離れる。
「美鶴」
慌てて伸ばされた腕を乱暴に振り払う。瞳が、不信感に揺れている。
「何をする」
声も揺れている。
「お前も、小童谷も」
それだけを呟き、背を向けて駆け出した。瑠駆真は追えなかった。まだ膝に両手を乗せたまま、美鶴の消えた闇を見つめる。
「美鶴」
ただそう呟く。その耳に、嘲るような小童谷の声。
「大迫、お前、キスをするのはこれが初めてじゃないよな?」
初めてキスをしたのは春の校庭だった。確かに、美鶴とキスをするのは初めてじゃない。
だが瑠駆真の胸には、蟠りが滞る。
美鶴、君は、僕以外の男とも、キスをした事があるのか?
「金本って奴と取り合うのも、わからんでもない」
僕以外の男。それは例えば?
「好きな奴、いるんだろう?」
それは ―――― 聡?
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